Smoke on the water

2018/03/22 12:22
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With a tear,you can feel your pain
With a cigar,you can ease your pain
With a guitar,you can release your pain

以前僕がBeastというバンドで
ギターを弾いていた頃の話だ。
ある日、ヴォーカルの太一が
自身の喉に気を遣い禁煙を決意した。
もしも今後一度でも、
タバコに火をつけることがあれば
メンバー全員を居酒屋に連れて行き
代金を全て支払うという。
そう言って彼は愛用していた
100円のガスライターを
勢いよくゴミ箱に向けて放り投げ、
床に転がした。
持っていたライターがつかず
しばらくカチカチとカリカリしていた
ドラマーのヒロシはこれ幸いと
そのライターを拾い上げ
満足げにタバコに火をつけた。

ガスライターとは便利な代物である。
タバコに火をつけられるだけでなく
冬の河川敷で凍えればいつでも焚火ができる。
長い人類の歴史で、炎を満足に起こせずに
どれだけの数の我々の祖先が
その尊い命の灯を風に散らせたかを思うと
タバコと焚火の煙に涙が止まらない。
あといつでも花火ができて子供は大喜び。
あと停電があれば灯りになる。
見通しのない真っ暗闇の将来を一寸先に
灯りとなるライターを打ち捨てた
彼の決意はいかばかりだったか
想いを馳せるとひどく胸をうたれ
僕は頑張れと彼の肩を強く叩いた。

ところで現実はタバコのようにほろ苦い。
禁煙を決意した彼を除く、
僕を含めたほかのメンバー3人は
音楽家である以前に愛煙家であった。
火のないところに煙は立たぬのかもしれぬが
火があれば間違いなく煙は立つ。

打ち合せの最中も打ち上げの最中も
彼以外はみなタバコを片手に
酸素と窒素と煙を
絶えず肺に取り込む。
移動中の車でも
ステージで燃え尽き眠りに落ち
彼がその身を古びたシートに
どっぷりと埋める傍ら
タバコを片手に眠る僕らは
燃え尽きた灰とまだ燻る火種を落とし
古びたシートにぽっかりと穴をあけた。

ステージの裏、控室にそびえるのは
山積みのファンレターではなく
山盛りの吸い殻で
周囲にある大小9つの火口は
溌剌と活動中の火山よろしく
周囲で絶えずせっせと
不快な匂いの煙を吹く。
本番中の演出で
ステージ上に機械で作り出す
人工的なスモークに比べ
我々が吐き出すそれは
人の手が加わることで
不規則で有機的で躍動感に満ち
控室はステージよりもはるかに幻想的だった。

この状況に、日に日に
ヴォーカリストもいらだちを募らせる。
山盛りになった灰皿の中腹から
誰かの消しそこねた吸殻で
煙が上がろうものなら
それは口論の狼煙となり
彼は度々声を荒げ僕らに怒声を浴びせ
彼は度々喉を傷めた。

今思うに
彼が喉の保護の為にすべきは
ガスライターを持ち歩くことをやめるのではなく
ガスマスクを持ち歩くことだったのだろう。

実際一度、彼は
自身の正当な防衛と、静謐な抗議のため
楽屋にマスクを着けてきたことがある。
大きなマスクで
顔の下半分の3つの吸気口を覆い楽屋に入ると、
上から覗く2つの目で僕らを一瞥し、
入口の近くに陣取った。
さて、事情を呑み込まない
マネージャーが楽屋に入ってきて、
マスクをしながら眉をしかめる彼を見つけると
風邪を引いたものと理解し
彼の自己管理の甘さを強い口調でなじった。

遠巻きに灰皿を囲んでいた僕らは
煙越しにその顛末を眺めていた。

数日後
バンドは
音楽性の不一致を理由に解散した。

あれから長い月日が経った。

当時の彼の処遇を思うと
胸が痛み
少し涙を流し
タバコに火をつけ
ギターを爪弾く

一滴の涙で、人は痛みを実感し
一本のタバコで、人は痛みを癒し
一台のギターで、人は痛みを解放する


いや。
フィクションですよ。
ただの読み物ですよ。

だいたい。

このご時世にこんなやりとり
大炎上だよな。


言いつつ

これ
案外
バンドなんかじゃよく
ありがちなんじゃないかい。
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